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東京高等裁判所 昭和28年(行ナ)37号 判決

原告 花王石鹸株式会社

被告 カオー製菓株式会社

参加人 花王ドロツプ工業株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、昭和二十六年抗告審判第二七〇号について、特許庁が昭和二十八年八月三十一日になした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、事件の経過

(一)、株式会社花王は、昭和二十一年九月三日別紙記載のように、「花王」の文字を草書体で縦書にして構成されている商標について、第四十三類菓子及び麺麭の類を指定商品として、その登録を出願し、昭和二十二年五月三十一日第三六八五〇三号を以て登録を受けたが、昭和二十四年十二月二十八日花王油脂株式会社に吸収せられ、次いで同会社も、昭和二十九年八月三日原告会社に合併せられたので、原告は、右登録第三六八五〇三号商標の商標権者となつた。

(二)、被告会社は、もと正起屋製菓株式会社と称し、昭和二十七年二月十六日現在の商号に変更したものであるが、別紙記載のように、「菓王」の文字を楷書体で縦書にして構成されている商標について、第四十三類菓子及び麺麭の類を指定商品として、昭和十年八月六日その登録を出願し、昭和十一年六月八日第二七八八二二号を以つて、登録を受けた。その後被告会社は、昭和二十六年四月二十一日右商標権を、指定商品のうち、ドロツプス、キヤンデー、キヤラメル、ビーンズ、チヨコレート、ケーキ、チユーインガム及びその類似品について、これを分割して参加人会社に移転したので、参加人会社は、同年七月十日第二七八八二二号の二として登録を受け、被告会社の商標権は、第二七八八二二号の一となつた。しかしながら、その後にいたり、更に被告会社及び参加人会社は、それぞれ前記登録第二七八八二二号の一、二の商標権について、昭和二十七年四月十二日、同月三日付共有契約により、これを共有するにいたつた旨の登録を受けて、今日に至つている。

(三)、これより先昭和二十五年六月四日被告会社は、株式会社花王を相手方として、当時同会社名義で登録されていた登録第三六八五〇三号商標は、前記被告会社の有する登録第二七八八二二号商標と称呼が類似するからとの理由で、これが登録を無効とする旨の審判を特許庁に請求したところ、(昭和二十五年審判第五五号事件)特許庁は、右請求を容れ、「登録第三六八五〇三号商標の登録は、これを無効とする」との審決をなしたので、花王油脂株式会社は、右手続を受継し、昭和二十六年四月十七日抗告審判の請求をなしたが、(昭和二十六年抗告審判第二七〇号事件)特許庁は、昭和二十八年八月三十一日右花王油脂株式会社のなした抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、同年九月五日審決書謄本が、右会社に送達せられた。

二、不服の事由

しかしながら右審決は、次の理由によつて違法であつて、取り消されなければならない。

(一)、審決は、原告の有する登録第三六八五〇三号商標が、被告の有する登録第二七八八二二号商標と称呼を同一にするから、その登録は無効であるとなすものであるが、先に述べたように、被告は、参加人に対する分権により、登録第二七八八二二号の一の商標権は、これを有するに至つたかも知れないが、審決に引用した登録第二七八八二二号商標は、これによつて消滅し、爾後被告はこれを有することができないものである。

(二)、更に被告は、右第二七八八二二号の一及び同号の二の商標権について、昭和二十七年四月十二日参加人と共有する旨の登録をなしたが、登録商標を共有するには、営業を共同にしなければならないことは法の要求するところである。しかるに被告は、参加人会社と営業を共同にしていないから、右第二七八八二二号の一及び同号の二の登録商標もすでに消滅して存在しないものといわなければならない。

以上いずれの点から見ても、すでに消滅して存在しない商標と称呼を同一にすることを理由としている審決は、違法である。

(三)、両商標の称呼がたまたま同一であるからといつて、常に必ずしも商標法第二条第一項第九号の規定に違反するものとはいえない。外観及び観念に顕著な差異があり、殊に取引界において、花王油脂株式会社が、油脂製品によつて「花王」なる商標の製品の出所であることが通念になつている本件のような場合において、出所の混同を来すおそれは毛頭ない。審決がこの実情を精査しないで称呼の類似同一を以つて、直ちに取引上誤謬混同を生ずると判断したのは誤である。

第三被告の答弁

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張の請求原因事実について、次のように述べた。

一、原告主張一の事件の経過に関する事実は、これを認める。

二、同二の主張は、これを争う。

(一)、審決に引用せられた登録二七八八二二号商標は分割せられて、登録第二七八八二二号の一及び同号の二の二個の商標権となつており、この両商標権はいずれも被告及び参加人の共有となつている。従つて登録第二七八八二二号という商標権は分割されて、元の一つの商標権としては存在しないが、二つの商標権として存在するわけである。審決が引用した「登録第二七八八二二号」は、すなわち「登録第二七八八二二号の一及び同号の二」の趣旨であることは、審決文中引用の前後字句に徴し疑のないところである。

(二)、被告会社は、参加人会社と同種の菓子製造販売の営業において、金融(資金)、仕入、販売等の取引面に関し、互に提携し、共にその商標を使用している。かかる事実は、商標法上にいう営業の共同と解すべきであつて、原告が被告は参加人と営業を共同にしていないという主張は当らない。

仮りに営業共同の事実がないと仮定し、商標の共有契約が無効だと解すれば、共有前の状態にあるわけで、該商標権は、被告単独の権利ということとなる。すなわち権利者の何人であるかは、共有契約の有効無効によつて異るが、商標権そのものは依然として存在するから、商標法第二条第一項第九号にかゝげた商標登録の無効原因としての商標は依然存在するものといわなければならない。

(三)、二個の商標において、称呼が同一の場合は、外観及び観念が異つても、前記第九号の場合に該当する類似商標となることは学説判例の一致するところであり、特に本件では「花王」と「菓王」であるから称呼が同一、外観も半分は同一、観念も「花」と「菓」は関連があり、かつ、「王」の字を共通にするから全体として観念類似というべきである。

更に原告は出所の混同を来すおそれはないと主張するが、菓子及びパンの類においては、両商標を使用するときは、出所の混同を来すことは明白である。

第四証拠〈省略〉

理由

一、原告主張一の事件の経過に関する事実は、当事者間に争のないところである。

二、右当事者間に争のない事実によれば、登録第二七八八二二号商標権は、当初の商標権者であつた被告において、昭和二十六年四月二十一日、原告主張の商品により、これを分割して参加人に移転したので、同年七月十日第二七八八二二号の二として参加人のために登録し、被告の商標権は、第二七八八二二号の一となつたものである。次いでその後右第二七八八二二号の一、二について、被告と参加人のためになされた共有の登録の効力に関しては、当事者間に争があるが、仮りに右共有の登録が無効であるとしても、右登録の無効は、遡つて共有登録以前の権利を消滅せしめるものではないから、原告の主張自体によつても、被告が第二七八八二二号の一の権利を有することは疑なく、この点において、被告は、原告の商標の登録の無効審判を請求するについて利害関係を有するものであり、また特許庁から送付して来た本件審判記録によれば、審決が引用した登録商標は、むしろ前記分権後において被告の保有した登録第二七八八二二号の一を指称したものと解するを相当とするばかりでなく、商標自体は、分権又は共有の登録の前後を通じて同一であるから、すでに有効な商標として登録されている以上、商標法第二条第一項第九号による商標類否の判定に関する限りにおいては、これが何人に帰属するかは、深く審議する必要がないものといわなければならない。

三、よつて原告の登録商標と審決に引用された登録商標の類否について判断するに、その成立に争のない甲第一、二号証によれば、前者は「花王」の文字を草書体で縦書にして構成せられており、後者は「菓王」の文字を楷書体で縦書にして構成せられておることが認められる。してみれば、両者とも「かおう」の発音によつて指称せられるのが普通であつて、いわゆる称呼を同一にするものであるから、互に類似するものといわなければならない。原告代理人は、たとい称呼が同一であつても、外観及び観念において顕著な差異があり、殊に取引界において、原告会社が油脂製品によつて「花王」なる商標の製品の出所であることが通念となつている本件のような場合においては、出所の混同を生ずるおそれはないと主張するが、両商標を付した商品を、店頭または電話により言葉で指示して購入する場合、電報によつて取引する場合、更にはラジオで広告する場合等を考えてみれば、いわゆる称呼を同一にする両商標が、その外観、観念の類否にかかわらず、その商品の認識区別について、甚だしい混乱を生ずることは避けがたく、商標法第二条第一項第九号は、かかる商標は、互に類似するものとして、その登録を拒絶すべきことを規定しているものと解せられ、また原告会社が、油脂製品について、「花王」という商標によつてその出所を明白にしている事実があつたにしても、これがために、本件における指定商品である菓子及び麺麭についても、出所の混同を来すおそれがないとの事実は、これを認めるに足りる証拠がないから、原告の右主張は、いずれもこれを採用することができない。

四、以上の理由により、審決には原告の指摘するような違法な点は存在しないから、本訴請求はその理由がないものとしてこれを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 小堀保 原増司 高井常太郎)

(別紙省略)

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